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浄土真宗の教義に基づいてのお葬式
浄土真宗の教義に基づいた葬儀
浄土真宗では、葬儀の時に他の宗旨と違うことが多く私たち葬儀社が気を付けないといけないことがあります。
①枕飾りにお水のお供えは必要がないと言われています。故人が往生された阿弥陀如来さまのお浄土(極楽浄土)には、
八功徳水(はっくどくすい)という「特上の」お水がふんだんにたたえられています。字のとおり、八の功徳があるといわれていますが、浄土真宗のお経の「阿弥陀経(あみだきょう)」の異訳といわれる「浄讃浄土経」に以下の様に詳しく書かれています。
一には澄浄。澄んで清らか。人間の煩悩の濁りを浄めるのが法水の徳。二に清冷。清らかで冷たい。瞋恚の煩悩で身を焼かれる思いを冷まして清涼の喜びを与える。三に美味。甘く美味しい。水の美味は表現できないように、法水の美味は人生の経験を通して身をもって味わいとった人が、これはこれはと讃えるよりほかにないほど、深い味がある。
四に軽軟。かるくやわらかい。私どもは貧欲と愚痴で身が重くなっております。法の水が軽く柔らかいということは、
貧欲と愚痴を救って、いつでもどこでも身軽に、柔らかく処することができる。五に潤沢。うるおい。人間の知恵だけでは、本当の潤いはありません。仏の知慧の法水によって、よき智慧が出るのが潤沢の徳。六に安和。安らかに和する。
水は柔軟心ですから、自然に安らかに身を立て、自他にうなずきあい、和することができる。
七に除飢渇。(じょきかつ)飢えと渇きを除く。法水は人生のオアシス。飢えと渇きを癒し、命を取り戻すことができるゆえに法水の徳。八に諸根。身も心も養い育てる。生活の中でこの法水を飲めば心身が養い育てられる。
このお浄土の湧き出る「水」という存在の中に、仏さまの法徳が満ち満ちて私達を施そうとされている様子がみてとれますね?これは、煩悩(迷い事)にまみれた私たちを救おうとされる願いがあるからなのです。なので、わざわざ私たちが”水道”の水を差し上げる必要はないわけです。
②浄土真宗はお線香を寝かせて使用する
浄土真宗はお線香を寝かせて使用しています。
線香が発明される前、浄土真宗では常香盤という香炉を使ってお香を焚いていました。
常香盤の中に入っている灰を型を使って溝を作り、その中に燃香を入れて一本の棒状になるようにして、端から火をつけると長時間燃えるように工夫されています。
この流れで線香が主流となった今でも浄土真宗では線香を寝かすのが作法となっています。
③寺様が到着されるまでに、お仏壇の荘厳をします。この勤行を、一般に「枕経」といっていますが、「ご遺体」に対し読経するのではありません。永年お育ていただいた阿弥陀様に感謝を伝えるお勤めです
※お荘厳のしかた◎お仏壇の扉を開ける。打敷(銀色または白色)お仏飯・蝋燭・花(派手な色の花は避ける)◎ご遺体は、阿弥陀様の前に寝かせる
安置所

お仏壇のないときは必ず六字名号か阿弥陀様の絵像を飾る
自宅

お家の仏壇の荘厳をしてお仏壇の近くへご遺体をご安置いたします
祭壇の中央にご本尊を奉天
遺影写真は中央から左右どちらかに寄せる

即得往生で既にお浄土に生まれているためお浄土では必要ないために守り刀は置かない
清め塩は用いない
有難い仏を塩で追い払うような愚かなことはする必要がない
浄土真宗では清める必要がないからです。
清め塩の考えは、死を穢れ(けがれ)とすることからきているといわれますが、仏教では死を穢れととらえていません。
浄土真宗のみ教えは
「阿弥陀如来より賜る信心一つで、死と同時にお浄土に生まれ、仏さまと成らせていただく」
という教えです。
清め塩をする行為は、生前に縁の深かった方を穢れとして受け止める姿があります。
それは、いずれ私も穢れていくことになるのではないでしょうか。
浄土真宗のみ教えを聞いて生きる私たちは、死をお浄土に生まれる往生と受け止める姿があります。
縁の深かった方との別れを通して、いずれ私にも訪れる命の行き先を見つめていくことが大切ではないでしょうか。

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